Arc Of A Diver

1980年にスティーヴの2枚目のソロ・アルバムがリリースされ、最初にラジオで"While You See A Chance"を耳にしたとき、ずいぶん驚いたのを覚えています。それまで聴き親しんでいたトラフィックや1stソロとは違い、シンセサイザーの分厚い白玉コードや、ちょっと無機質さもある八分刻みのシンセベースなど、当時の流行りだった微妙にチープでテクノな肌触り、しかもそれまでのスティーヴの音楽にはありえなかった開放感にあふれたポップ・ミュージックだったのですから。
1stアルバムがその内容の充実にもかかわらず、まったくヒットに結びつかなかったのは、パンク等が台頭した時代のせいもあったかもしれません。もっともフリートウッド・マックやピーター・フランプトンもヒットを飛ばしていた時代ですし、オールドロッカーもまだまだ頑張っていた時代。しかしスティーヴの1stはそれらと比較してもちょっと厭世的に見えるような部分があったような気もします。本人はどう思っていたかわかりませんが。
しかし一転して「時代」のサウンドで勝負して来た感のある「Arc Of A Diver」は、同時にスティーヴが自宅スタジオでたった一人で作り上げたワンマンレコーディング作品でもありました。当時のインタビューで、スティーヴは「ヒューマン・リーグなんかをけっこう聴いてる」というような発言もしており、このあたりのエレポップ的なものにヒントを得ていたとも考えられますが、テクノ的意匠に包まれているものの、手作りの良さを生かした非常に温もりのある、ソウルフルな内容になっています。
歌詞を提供しているのはウィル・ジェニングス、ジョージ・フレミング、そして元ボンゾ・ドッグ・バンドのヴィヴィアン・スタンシャルの3人。なので、歌っている内容よりも、サウンドそのものにスティーヴの思いがストレートに出ているように思えるのは、私が日本人だからというだけではない気がしますが…。
シングルカットされて大ヒットした"While You See A Chance"の衝撃は本当に大きなもので、1stソロやジョージ・ハリスンの"Love Comes To Everyone"でも披露していたシンセサイザーの肉声のようなソロもさらに磨きがかかっていました。当時ベストヒットUSAで流されてビックリしたヴィデオ・クリップをどうぞ。よく見るとむちゃくちゃ変なヴィデオですが(笑)
しかし2曲目の"Arc Of A Diver"のほうが個人的には感動した覚えがあります。やはり当時のインタビューで「スモーキー・ロビンソン&ミラクルズみたいだ、って言われたよ」と答えていた記憶がありますが、どこかモータウン・サウンドをアップデートしたような、グルーヴィーなビートを持っているのが特徴。ちょっと小節の頭がわかりにくいトリッキーなイントロもインパクトあります。この手はよく使う得意技ですね。ルーズなビートのとり方が独自のノリを醸し出すギター・ソロは短いながらも「これぞ」という名演になっています。メロディ展開も素晴らしいです。
3曲目の"Second Hand Woman"はこれ以前にも以降にも出てこない感じの曲調。推測ですが当時大ヒットしていたマイケル・ジャクソンの『Off The Wall』あたりにインスピレーションを得たのは間違いないのでは?という気もしています。またまたシンセ・ソロが出てきますが、これまたシンプルながら天才的ひらめきのメロディ。中間部に入る前に小節頭を見失う感じもまたカッコいいです。
次は一転してアコースティックギター、ピアノ、マンドリン、ハモンドオルガン等のオーセンティックな楽器のアンサンブルとなる"Slowdown Sundown"ですが、間奏でまたも登場のシンセ・ソロも全く無理なくフィーチャーされており、スティーヴの面目躍如たる名演になっています。後期ザ・バンド("It Makes No Difference"あたり?)を思わせるリズムですが、同時に非常にイギリス的にも聞こえてくるのもスティーヴ・マジックでしょう。
レコードではB面の最初だった"Spanish Dancer"は、アルバムからの2枚目のシングルになりました。これまたスティーヴの作品にはあまり出てこない曲調ではないかと思います。Eのワンコードで展開するスペイシーなAメロと、途中からC#m~A~C9などという不可解なコード進行を見せるBメロの対比が面白く、ルーズなファンク・ビートと相まって、独自の浮遊感が味わえる逸品。
打って変わってタイトなファンク・ビートと繰り返しの多い構成が、闇夜を走る列車にぴったりの"Night Train"。曲調はまったく違いますが、ジュニア・パーカーの"Mistery Train"など、列車もののブルーズ曲の伝統をしっかと念頭に置いて作っているのを、どこか強烈に感じる曲ですね。この曲も3枚目のシングルになり、"While You See A Chance"同様VCも作られました。
口パクですが、なかなかかっこいいテレビ出演時の映像もあります。しかしなんとレコーディングバージョンとは別テイクです!
ラストの"Dust"がまた落涙必至の名バラード。シンセサイザーをここまで大フィーチャーして、無機質にならず、軟派なAOR的にもならず、ソウルやR&Bのフォーマットでさえない、しかもよく聴くとどこか妙な構成なのに(歌詞が先なのかもしれないですね)これほどまでに心に残るソウルフルなバラ-ドを仕上げてしまうアーティストがスティーヴ・ウィンウッドの他にいるでしょうか? これ1曲聴くだけでも彼の才能の巨大さがわかろうというものです。
このアルバムはテクノ・ポップ的なアプローチを取りざたされることが多いため、あまり語られていませんが、ほとんどの曲でスティーヴ自身が生ドラムを叩いていることも特筆すべきです。もちろんプログラミング部分もありますが、スティーヴの歌心溢れるスティックワークも存分に味わえるので、そのあたりも楽しんでいただきたいです。
とにかく百万回聴いても飽きない、80年という年に出たとは思えない、でも80年という年だったからこそ世に出たのかもしれない大傑作アルバム。末代まで聴き継がれることを願ってやみません。
最近紙ジャケで再発されましたが、格段に音質アップしているのでおすすめです!
1/4現在アマゾンの在庫が切れているようですが…(苦笑)
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